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新・三宅島奮戦記その4 そこに灯りがともる時 [三宅島]

今回の現場はヘリポートに隣接する避難所でした。
噴火と津波、ガスと放射能の違いはあれど、参考のためでしょうか福島の関係者が見学に来ました。



一部を除きガスの影響はありませんが
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未だ枯れた(?)木が点在してます。
てか、ただ単にそのままにしてるだけだと思います。伐採処理の費用とか大変だろうし。

しかし、目の前にある現実。
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三宅のシンボルでもある雄山、活火山と言っていいでしょう。

そしてその建物には
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電光掲示板です。
島内にはガス警告灯が設置してあり、レベル1~3(だったかな)で屋内待機とか避難とか分かれてます。

三宅島の場合、ここの所ほぼ20年周期位で噴火してる。下手すりゃあと8年たったら噴火だ。けど、多分それを見越した上での改修工事が続いているのだろう。

果てしなく続く復興作業。

あと8年で20年=もう噴火から12年です。
5年もの間、民間人は立ち入っていないので避難解除から7年、7年経ってます。
それでも噴火前に戻っていません、特に今回の噴火は大きかったので避難期間が長すぎた。

噴火後に島外で生まれた子供は島に対して思い入れなんて無いだろうから、そんな子を持つ親はおいそれと帰れないだろう。生活基盤は本土だろうし。

それに立ち入り禁止は解除されましたが未だに硫黄臭漂う高濃度地区には人は住めません。

住めませんが
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覚えていますか?「もう頑張れない」って書いてあった家です。
この家にもやっと人が帰ってきたようで。住んでるのかは分かりませんが・・・

この区域にはほったらかしになっている家が多々あります。
そこに灯りがともる時、ようやく島に普通の生活が戻るんだろうな。








新・三宅島奮戦記その3 事も無げに [三宅島]

俺ら掃除屋の仕事そのものはどーって事無いのですが、工期が3月中にもかかわらず全体の設備とか内装が進んでいません。
彼らの名誉のためにも書きますが仕事が遅い訳ではありません。

人手不足及び、材料が届かないだけです。前にも書きましたが状況によっては船が接岸されません。
この島ではごく普通の事なのでみんな慌てていない所がスゴイ(笑)。

そんな彼らをよそに、ヘラヘラと昼のお散歩を満喫pちゃん。

日差しは初夏っぽいが風が強いのでビミョーに寒い。

明日葉なんてそこら辺に

ワサワサと群生(笑)。

そして空は

青い[わーい(嬉しい顔)]

そんなこんなの三日間でしたね。

帰りの船の中で念願の海苔弁を食べ、

なんとか海苔って言う島の名物です。

夕日と夜景の撮影に精を出し、無事帰ってきました。

次回はこの島の今について。
7Dで撮った写真はまた改めて記事にしよう(笑)。



新・三宅島奮戦記その2 たとえ話が違くとも [三宅島]

ご存じの通り今回のメインはトイレ換気扇清掃です。それもやっつけ的でOKと言うかなりイージー(笑)な仕事です。

ですが真っ先に言われたのは厨房レンジフードのグリスフィルターでした。
これはグリスフィルター無しの写真ですが

ま、主に埃払いです。

火山性ガスと潮で錆びるの半端無く早いので、錆は勘弁してもらい埃と軽い汚れをチャチャっと拭き上げれば

ざっとこんなもんです。
ステンレスフードを拭くとは思ってなかったので金属磨きの薬品はさすがに持って行っていませんが、手持ちの装備でも上手くやれば結構光ります。

レンジフードをサクッとやっつけ、トイレ換気扇をサクサクと進めます(地味すぎだったので写真無し)。

仕事自体はこんなもんなのであっさりと終了しました。

次回は島での仕事の現状について書きましょうかね。


新・三宅島奮戦記その1 そして男は船に乗る [三宅島]

3月26日、皆さんの祈りが通じ、たいして揺れず無事三池港に接岸。6年?ぶりの三宅島上陸を果たしました。

25日の夜、2日接岸されなかったので竹芝結構混み混み。

混んでる方なんです。

船代は最低金額しか支給されないので自腹を切って特二等。

ちゃんと寝れました。

さてさて早速新島の写真です。

見えるかな?

空は青く

いーねー。まだ寒いけど。

さて、仕事せにゃーあかんのだが、その話は次の機会に(笑)。







この島に乾杯 [三宅島]

今日のPM2:10だったかな?の船で帰ります。
洋上だとさすがに電波が不安定(So-netはどのみち不安定だが)なので早めの投稿。


昨日の夕日は水平線に沈まなかった。

船から夕日を狙おう[わーい(嬉しい顔)]


空と大地と [三宅島]

えー、仕事終わっちゃったんで今からプチ打ち上げです。

そんな訳で今日の一枚。

雄山です。

それでは飲み行ってきます♪



海と空と [三宅島]

現場の窓から空を見上げ、「良い天気だなぁ、どっか行きたいなぁ」。

と、思った瞬間、その「どっか」に居る事を思い出し、昼寝もせずにそこらへんをうろうろしてます。

昼休みは車で動けないので良い散歩です。
くどいようですが仕事で来てます(笑)。

そんな訳で今日の一枚。


もう一回書きますが、仕事で来てます、一応。



お昼の投稿無理でした [三宅島]

そんな訳で無事三宅島に上陸してます。
が、お昼に写真四枚の記事の投稿を試みましたがダメでしたので本日は、今日の1枚と言う事で連続更新を果たしたいと思います。

題名、「倉庫から見た神津か新島」

少しガスってますので見えるかな?




三宅島奮戦記 その5 [三宅島]

くどいようですが2005年2月1日の避難解除前から仕事で三宅島に乗り込んでました。

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細かい話はこちら→http://midorikoubou.blog.so-net.ne.jp/archive/c2300902313-1

確か3.11の震災後、しばらく経ってから三宅島の危険区域が雄山周辺以外は解除になりました。
大変喜ばしいのですがなんかタイミングが良すぎる気がするのは俺だけだろうか?
宮城、福島が大変だからもういいだろ、的な。

三宅島民が避難している間、国の補助とか義援金とか、上手く配られなかったらしい。そのせいで生活に行き詰まり自殺した方も多数居たそうですが闇に葬られてます。そんなもんですこの国の報道は。

多額の義援金、募金が集まった話はしますがその先は知らんぷり。
だから一般人はそのお金が行き渡っていると思います。だから支援を求め続けても「何甘えているんだ」的な意見が多くなります。けど現実の避難民の生活はひっ迫しています。

2005年2月1日の朝、飯場になっていた民宿のおかみさんの涙は今も忘れられません。帰りたい場所にやっと帰れる気持ち、どれだけ嬉しかった事でしょう。
俺たちは掃除屋だからたいして役に立っていませんが、皆さんが住む家をきれいにしたんだなと思うだけで充分です。

危険区域一部解除で、これでほぼ復活と言っていいでしょう、まだ火山ガス出てるらしいけど。

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最後に三宅に行ったのは2007年、上手く行けば3月に5年ぶりで三宅の仕事が決まりそうなのでいつものように立候補して行ってきたいと思います。現状を見ない事には何も語れない。けど5日間って話だからつまんないなー(笑)。


三宅島奮戦記 その4 [三宅島]

まずは新燃岳の噴火で避難している方々にお見舞い申し上げます。
噴火の恐さはそれなりに分かっているつもりですが、その場にいないと分からない不安、恐怖等あると思いますのでどうかみなさんで励ましあって乗り越えて下さい。

そんな意味もこめて1年ぶりの三宅島の話です。
2005年1月中旬、避難解除前の三宅島に乗り込みました、何度も書いてますが仕事で行ってます。

前回「その3」で書いた機関銃で撃たれたようなサビ跡がリアルな車の写真が見つかりました。
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火山ガスと潮風には勝てないでしょう・・・

そんな状況ですが南の島大好きのお気軽なおっさんはこうして写真撮りまくっていた訳です。
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モデルは同僚です、ノリのいい奴でした。

2月1日で非難解除から6年です。未だ元の島民数に戻らずガスが出ている危険区域がありますが、ほんと良い所なので鳥好き、魚好き、ダイビング好きな方はぜひ1度言ってみて下さい。

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御山が雪をかぶっているのは珍しいそうです。

細かい話は三宅島奮戦記1~3をどうぞ。